もしも、やりたいことが、部屋に引きこもって、グータラすることだったら、自分を認めていいのか?

 

よく巷では、好きなことやりなよと言われるが、僕は部屋で昼頃まで寝ていたり、部屋でネットしたり、部屋で本を読んだりするのが好きなのだ。
他のことは割とどうでもいい。自分のこの世界が守られていればそれでいい。考えてみれば昔からこうやって自分の世界に浸るのが好きだった。好きなアニメを布団にくるまりながらテレビで見るのが至福のひと時だった。

 

 

しかし、正直こんな自分は価値がないと思っていた。なぜなら僕のこの好きな行動にはアウトプットが足りない。人に何らかの価値を与えることがないのだ。せいぜいこうやって自分の考えをネットにあげることくらいだ。

 

もっと好きなことを具体化してみよう。ネットで調べるのは好きなアニメ(コードギアス)のSSだったり、哲学系、特に自分についてだったり。

 

 

無理にプログラミングなどを好きになろうとしたこともある。でもダメなのだ。僕は技術的問題をかんがえつづけるということができない。つまり僕には向いてない、必要ないということなのかな(笑)

 

 

以前はこんなグータラで怠惰な自分が嫌だったが、今では、少し肯定できている気がする。

 

 

昔はこんな自分を変えたくて、勉強にかなりの時間と労力を費やしていた。その結果旧帝大に合格した。しかし、振り返って見ると、僕は勉強に費やした時間があまり価値を持っているようには思えない。あまり自分の自信に繋がってないように思える。それよりも人間関係がうまくいかなくて苦しみもがき、自分と向き合い、人と関わろうとして人と関わる時間の方が価値を感じる。自信に繋がっている。

 

 

今気づいたが、僕は人と関わることも好きなのだ。自分にはない新しい視点を垣間見るのが好きだ。これはゴロゴロすることよりかは、生産的かな?

 

 

グータラも読書も人との交流も結局は自分を知るためのツールなのかもしれない。僕にとっては自分を知ることが一番の好きなことなのかもしれない。

統合失調症になり、対人不安を克服した僕の半生。

お坊さんであり、ユーチューバーである大愚元勝さんに自発的になるための相談をしたついでに自分のこれまでの半生を書いたのでここに載せます。

 

相談の本筋とはあまり関係ないかもしれませんが、僕の半生を参考までに語ります。
 過去を振り返ると、嫌なことばかりやってきたように感じます。まず嫌な幼稚園に行かなければならなかったこと。本当は家でテレビでも見ながら、布団に入ってたいのに、面倒でしかも怖い人間関係のある幼稚園に行かなければならなかったこと。

 

 次に小学校では嫌な少年野球に毎週、参加しなければならなかったこと。しかし、この少年野球は自分から親に頼んで入れてもらったのです。それは野球がしたいというよりも、野球をやっている自分になりたくて入ったように感じます。しかし、入ったはいいけど、そこでの人間関係では友達があまりできず、その友達ができない惨めさが嫌で嫌で毎週少年野球が来る前は憂鬱になってました。練習の辛さは全然人間関係の悩みに比べたら苦にはなりませんでした。しかし、一生懸命練習してもあまり上達はしませんでした。小学校五年生からは軽いいじめの対象になりました。いじめっこが僕をからかったり、「ナルシスト」と呼ぶのが嫌でした。言い返せない自分も嫌でしたが、そんな情けない自分を周りの人たち(特に好きな女の子)に見られるのが嫌でした。この時の僕は周りの人間が全て自分だったらどんなに楽だろうと思っていました。そんな時、親が中学受験を勧めてきました。今思うと軽い冗談だったのでしょう。僕はやりたいと言いました。後日、親が中学受験はお前が選んだ道だからと言われ何か違和感を感じました。親の勧めを承諾した形で中学受験をやっているんだと思っていたからです。しかし思うだけで特に反抗はしませんでした。中学に入ると同時に周りの人間関係を完全に切りたかったからです。全く自分を知らない人たちの中に飛び込んでいきたいと思いました。塾ではもともと才能があったのか、優秀な成績を収めました。野球の劣等感からか一生懸命勉強しました。学力は伸びましたが、塾でもまた軽いいじめにあいました。僕は人間関係がバカらしくて完全に人を遠ざけるようになりました。そして中学に入ったらこんな自分を変えようと心の底で思っていました。受験当日はインフルエンザになってしまい、第一志望は落としました。悔しくて泣きました。第2、第3は受かりました。第2志望は同じ学校のあまり好きでない子が受かったと聞いたので、第3志望の中学に進学することにしました。完全に一から人間関係をやり直したかったのです。

 

 中学に入ると友達も作るためにやったことは、いじられキャラになることでした。わざとおどけたり、下品な言葉を使ったり、いじられるために人よりも下に自分を置くようにしました。最初はみんなに相手にされて人気者みたいになって嬉しかったんですが、徐々に人からのいじり(ちょっかい)がめんどくさく感じるようになり、中にはいじめに近いような仕打ちを僕に与える人が出てきました。自業自得なのか、自分の持って生まれた性質なのかわかりませんが、自分に危害を加えようとする人(全員が同い年の男の子)は必ず一人は僕の身近にいるのです。それからその男子にオモチャのように扱われる日が続きました。辛かったのは自分がいじめられているという事実があることと明日そのいじめっ子に会わなければならないということが大変な苦痛でした。そしていじめっ子と、いじめられてもヘラヘラ笑っている自分への(今思えば怒り)ドロドロした感情をずっとおさえこんで吐き出せないことに絶望していました。その男の子と同じ部活でしたが、中二の夏に部活はつまらなくなったからといって辞めました。今思えば、担任なり顧問なりに素直に相談していればよかったのですが、いじめがさらに悪化するのが怖かったのと大人を信頼していなかったため相談という選択肢は持っていませんでした。親にも相談せず過ごしました。

 

 高校に入り、そのいじめの男の子と同じクラスになりました。中高一貫校だったからです。教室発表の時は胃が冷たくなるのを感じるくらい絶望しました。僕はそのいじめっ子が自分をオモチャにしようと近づいてきたら冷たい態度で応じるようにしました。するとそのいじめっ子はちょっかいをかけてこなくなりました。やっと縁がきれたと思って安心しました。その時にはいじられキャラはやめ、あまり目立たないように努めていました。しかし、今度は別のいじめッ子に目をつけられ、髪を毟られるなどのいじめを受けるようになりました。そのいじめっ子とは出席番号の関係で席が自分の後ろになることが多く、授業中ずっと足で背中や腰をけられる日々が続きました。ある時、そのいじめっ子が「あいつ何やっても怒らねーから」と言っているのを耳にし、その時自分の中で何かが弾けました。その後一週間の間僕はいじめを止めてかつ、そのいじめっ子に仕返しをする計画を立てながら、立ち上がる決心を固めました。一週間後、僕は授業中に落とした消しゴムをとる体で席を立ち、後ろの席にいたいじめっ子を「ふざけんな!」と言って殴りつけました。その子はびっくりしたように立ち上がって睨みつけましたが、覚悟の上だったので、動じませんでした。その後はいじめは止みました。結局いじめは誰にも頼らず自分で解決しました。人に頼るのはもっとあとになってからです。


 大学は地方の大学に進学しました。親元から離れて暮らすことに憧れたからです。早く自立して自分のことは自分でできるようになりたいと思っていました。大学生活は当初夢見てたように、サークルやバイトや勉強に明け暮れ、友達や彼女とキャンパスライフを謳歌する、とはいきませんでした。まず勉強がついていけません。友人関係ではつるむ友達はできましたが、一緒にいると気遣いなどが疲れてつるむのが辛かったです。サークルにも入りましたが、人と繋がれている気がしなくて、疎外感を感じてやめては新しく入るを繰り返しました。初めての一人暮らしも大変でした。家事がめんどくさくってほとんどできませんでした。ついにはゴミ屋敷のようになりました。アルバイトも全然戦力になれている気がしなくて、周りの仲間を仲間と思えなくて、一緒にいて疲れました。何に疲れたかというと自分に嘘をつくのに疲れました。出たくもない授業にでて、一緒にいたくない仲間といて、やりたくもないアルバイトもして、楽しくもないサークルに参加して、人生に疲れ果てました。それでも続ければいつか自分にも人生の楽しさや人との掛け替えのない繋がりを実感できる日が来ると思い、朝重い体を引きずって大学に行きました。しかし2年の夏に限界が来て大学に通えなくなりました。しかし、親に相談することはしませんでした。したら何か負けのような気がしたからです。しかし、レンタルビデオを返却すらこなせなかったことで親に連絡がいき、親が迎えに来ました。僕は物凄い形相で親を睨みつけました。自分がこんな欠陥だらけの人間になった責任は親にあると確信すらしていたからです。とにかく当時の自分はダメでした。客観的な何かがダメということではなくて、とにかくダメでした。ダメな自分は人に好かれるためにもっと努力しなくてはいけないと思ってました。結果、心を病みました。結局、実家に引き戻され、精神病院にかかりました。そこで統合失調症と診断されました。大学は休学しました。

 

 今でも薬は飲んでますが、当時は感情が重くて動かないことが辛かったです。医学では感情の鈍化(平板化)というそうです。何をしても何をみても楽しくない。そんな日々が一年くらい続きました。何度も自殺を考えました。人生に意味を見いだせず、何度かベルトをドアノブに掛けて首を吊ったら苦しまずに死ねないか試したこともあります。でも一年経つと感情が多少なりとも動くようになり、体が軽くなるようになりました。デイケアなどの活動にも参加できるようになりましたが、他人に心を開くことはまだできませんでした。そして休学してから一年半後大学に再び通うことにしました。今度は家事の負担を減らすため食事のつく寮に住むことにしました。人間関係がうまく構築できるかが心配でした。しかし、人と仲良くなれる気がしなかったのと、友達作りに懲りていたため、友人を作らず一人でいることを選びました。でも本当は友達が欲しかった。そして自分の全エネルギーを勉強とジムのトレーニングに向けました。わからないところがあったら先生に聞きに行くし、どんなに気が乗らなくても授業が終わったら図書館に行って復習したり、レポートを解いたりしました。とにかく無駄な時間を勉強に当てるようにして、他人から距離を置くという生活が続きました。そんな中、隣の部屋からの壁ドンがどんどん気になるようになりました。たまに独り言で何かに向かって「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟いていたのが原因かなと思いましたが、止めることはできませんでした。なにか独り言を呟いてないと精神の均衡を保つことができなかったからです。とにかく寮長さんに隣が壁ドンして来ると相談することで解決を図ろうとしました。どんなにしんどくても空いた時間があれば必ず机に向かうというストイックな生活と些細な会話すらする人がいないという孤独は確実に僕の心を蝕んでいきました。徐々に心が疲れ果て何もせずベッドに横たわる時間が増えていきました。それでも体を酷使できたのは、僕を育てた両親への怒りでした。自分と他の人間で何が違うのか、僕は自分がアダルトチルドレン(いわゆる毒親に育てられ歪んだ価値観を持つ人たち)だと思うようになりました。自分の家庭のなにが毒なのかは言語化できないけどとにかく、異常なのだと思いました。本当に一刻も早く就職して自立して親と縁を切りたかったです。その一心で勉強に励みました。そのおかげか、二年終了時には学年3位の成績を収めました。しかし復学して一年後の、三年に上がる前に孤独の限界を迎えました。とにかく人恋しかったのです。僕はもう大学をやめて就職しようとしました。三年になったらグループでの実験が始まる。きっと人間関係はうまくいかないと思い、逃げようとしたのかもしれません。就職先で自分の居場所を見つけようとしたのかもしれません。僕は大学に休学の意向を伝えて、これからどうするか外を彷徨いながら考えました。すると奇跡が起こりました。

 

 寮に帰ると寮長さんが大学の教授が休学の件で寮を訪れたことを僕に教えてくれました。僕は嬉しくて、その夜教授が置いていった連絡先に電話を入れて次の日に会う約束をしました。実際に面と向かってその人と話すと涙がこぼれ落ちました。僕は思いの丈を教授にぶつけました。自分の親のせいで自分がおかしいこと。暖かい家族を作りたいこと。今思えば親のせいという部分は被害妄想が入っていたのですが当時の自分にとっては真実でした。こんなに自分の話を聞いてもらえるのが嬉しいとは思いもよりませんでした。教授は自分の話を信じてくれました。教授の説得で大学は続けることになりました。僕は心を入れ替えてこれからは立派な人間になろうと決心しました。他人に気を使うことを始めました。しかし勉学に励もうと思っても意欲が上がりませんでした。そして自分の行動が他人に迷惑にならないように気を使う毎日が始まりました。家では些細な物音も出さないように気をつけました。食事も物音を立てないようにしました。しかし、隣の人が席を立つと自分のせいで不快な思いをさせてしまったのではないかと思い、不安でした。隣の部屋の壁ドンはさらに悪化しており、他人に怒りを向けられるのがノイローゼになりました。結局寮は出て行くことにしました。新しい新居で新しい生活を始めました。しかし、隣の些細な物音が自分への非難に聞こえ、怯える毎日が始まりました。僕は他人の煩わしさに気が狂いそうになり、もう山奥で一人で生活をしたくなりました。大学にも教授への恩に報いるために必死で通いました。自分のおかしさへの対策も考えていましたが、どう考えても人格障害(自己愛性だと自分は考えていた)の治療が必要だと思ってました。10月に入る頃、生活に限界を感じ、親に助けを求めました。親のいいところを見てみようという気になってたことも要因でした。結局、実家に引きこもる生活に戻りました。当時の自分は自分は統合失調症ではなく人格障害だと思っていたので薬も飲みませんでした。他人に怒りを向けられるのが怖いのは治ってはいませんでした。半年後こんな生活から逃れたくて思い切って家を出ようとしました。すぐ親に捕まり、精神病院に入院させられました。そこでは、なにか決定的に自分の人生が間違ったように感じられ二度自殺を企画しました。しかし失敗しベッドに縛り付けにされて薬も飲まされました。その間はずっと寝ていました。体と心が睡眠を欲してました。やがて徐々に元気になり、グループワークにも参加できるようになりました。突然心が重くなり、部屋から一歩も出ることができないときが何度かきましたが時間が経つと波も収まりました。しんどい時は看護師さんに話を聞いてもらいました。こんなに自分を他人の前でさらけ出せたのはとてもいい経験でした。この入院生活で僕は他者との付き合い方、関わり方、向き合い方を学びました。そして入院してから4ヶ月後退院しました。退院してからは作業所で働きました。こんなに楽に他人と関われるのは驚きてで、人生が楽しかったです。しばらくすると家の仕事の土木建設を手伝うようになりました。いろんな人と関わってみたかったのです。そして大学にも復帰したいと考えるようになり、今年の四月に大学に復帰して、今は大学生として勉学に励んでいます。

大学行きたくない。

う〜ん今日は授業がないから学校行く必要がないんだけど、明日研究の発表会があるから資料作らなきゃいけないんだ!.°(ಗдಗ。)°.でもなんだろう?体が動かないっていうか、めんどくさくって朝からずっとyoutubeみてる。YouTube 見ながらずっとプレッシャーを感じている。苦しい。学校行きたくない。この時時刻は12:00。早く行動した方がいいのはわかるけどなかなか行動できないぜ!!こういう時は何かちょっとした仕事に取り掛かる方がいいのか?そうだ!風呂掃除するぜ!

 

よし、終わった。さてC++の勉強するかなと思って本を開いたんだけど、なんかそういう気分ではなかったので、手持ち無沙汰で部屋の中をうろつきまわっていた。

とりあえず、着替えるところから始めようと思い、服を着た。そんで何も持たずに外に出ようとしたけど、いろいろ持って行くものあるなと思って支度して外に出た。

 

次、朝に同じような気分になったら今度はもっと早く気分転換できるようになるといいな。早めに外に出て動物園でもみてみよう。そんでタワーに登って名古屋を眺めよう。のんびりしていいんだよ、俺。

 

出会い系の自己紹介文にキモい自己説明を書こうとしてやめた話し。

初めまして24歳の男です。

 

今さっき、1時間かけて自己紹介文を作成したが、後で冷静になって見てみるとあまりにモテない文章だったのでやめました。ただ、この努力を水の泡にしてしまうのはもったいないのでここに晒します。笑っていただければさいわいです。

 

〜〜〜〜〜以下自己紹介文〜〜〜〜〜

 

初めまして!〇〇在住の24歳男です。プロフィール見ていただきありがとうございます。いい出会いがあればいいなと思って登録しました。一緒に楽しく過ごせる方と恋愛がしたいです。

趣味は読書です。

今、読んでる本はカミュのシーシュポスの神話です。生きるとは何かについて書かれている本が好きです。

 

真剣に出会い探してます。少しでも興味を持ってくれたら嬉しいです。よろしくお願いします。

 

 

 

趣味は読書とか言ってますけど本当は読書しかやることがないだけです。あまり熱中できるものはありません。こんなつまらない人間です。なので、「サーフィンとか海外旅行とかが好きです。」とかアグレッシブな趣味を紹介文に書いている人を見ると少し劣等感に苛まれます。
努力は若い頃はしていたけど今は努力が億劫になっています。
自分と同じつまらない人間が好きです。ここでいうつまらないはあまりにキャピキャピしていないという意味です。あまりにキャピキャピすぎる女性だと(人にもよりますが)対面したときプレッシャーを感じます。こんな情けない人間です。つまらないを追求して逆説的に面白くなることはあると思います。基本真面目な性格です。めんどくさがりなところもあります。自分でもなんのために生きてるんだろうと思うことはあります。

そう!なんのために生きているか?これを書かないことには自分という人間を語れないと思いましたので書かせて下さい。

別に僕は何か生きがいを持って生きているわけでもありません。使命感持って取り組むこともないし、特に楽しみもないし、好きなこととかもありません。夢中になれるものとかもないし、仕事はかったるいし、めんどくさいし、かと言ってこれといったストレスもないのですけど。それでもなぜ生きているのか、この答えはズバリ、魂の成長のためです。はい、なんかここでいきなり宗教っぽくなって来ましたが、別に特定の宗教を信じているわけではありません。(個人的な興味で仏教には興味がありますが。)これを説明するためにまず僕の人生観から説明させて下さい。
僕が思うに、(以下、僕個人の考えです)人間というのは、この地球に愛を学びに来ている魂であります。魂はそれぞれ自分にマッチした試練を人生に設定します。
人の人生には色々な学習の段階というものがあると考えています。段階の低い人生からいうと、犯罪に手を染めるとどうなるかを学ぶ人生や、博打にのめり込むと痛い目にあうことを学ぶ人生、生きるとはどういうことかを学ぶ人生や、大恋愛のち大失恋して、人に恋するとはどういうことかを学ぶ人生、信頼していた人に裏切られたりしながらそれでも人を信じることを学ぶ人生、愛する人と死別してその悲しみを乗り越えてたくましく生きることを学ぶ人生、世のため人のために使命を持って仕事に取り掛かる人生。色々な段階の人生がある。
ここで大前提として人は何度でも生まれ変わると信じています。
そして、今の段階の学習を学び終えたら、次の段階に進みます。
自分は今、自分じゃない人間を生きるとどうなるのかという学習をしている段階だと思っています。(自分が果たしてどの程度の人間なのかを自分で判断することは無理なことだとは思っていますが)
過去、無理に自分じゃない人間になろうとして病気になったことがあります。そのおかげで今やっと心の平穏を手に入れることができました。
しかし、自分じゃない人間に憧れることは今でもあります。あの人みたいな人になりたいという思いは誰しもが持っているものだと思います。多分、あの人は人生の段階が数段階自分より上なのだと思うようにしています。そう考えると今の段階を超えた先に憧れのあの人のようになっている自分がいるわけで、そう考えるとこの一見無意味な人生に一筋の希望が見える気がします。これが僕のいう魂の成長です。
なんだかスピリチュアルな話になっていますが、事実、スピリチュアルな本はそれなりに持っていて、結構好きだったりします。(引かれてしまった方は申し訳ありません。)

多分僕は間違っているのだと思います。でも人間って誰しもが間違っているのだとも思います。

長くなりましたが、これで僕という人間を少しは説明することができたらなと思います。(でも自己説明って必ず自己矛盾を含んでしまうんですよね)

もし良かったら仲良くして下さい。よろしくお願いします。

〜〜〜〜〜以上自己紹介文〜〜〜〜〜

 

うんキモい。でも自分がどんな人間かは少しわかった気がする。